私が看護師を目指そうと思ったわけ ⑨

09 10月 2012

◎鑑別所

私は留置場を出た後即鑑別所送致となった

最初は訳が分からなくてひたすら泣き続けた

鑑別所に入るときは全裸にさせられた

薬物の不法所持などを防ぐためである

しかし私にはとても屈辱的な行為だった
そして私は鑑別所で約1ヶ月過ごすことになった…

鑑別所に入って最初の3日くらい私は泣き続けた
よくわかんなかったけど悲しかった

私が入っていた頃鑑別所は男子は約60人入所していたのに対し女子は3人しかいなかった
部屋は5部屋あったため
全員個室だった
個室は最悪だった

トイレ付きで三畳
むちゃくちゃボロい
また頑丈な鉄格子でしめられており中からでは絶対開けられなかった

お風呂は週2回

飯は普通だった

外に出れるのは面会の時、本を借りに行く時、体育の時、お風呂の時のみだった

当時の私は罪の意識など全くなかった
全部親が悪いと思っていた

強盗致傷の共犯は先に捕まっていて、少年院送致が決定していた

あたしも少年院に行く可能性が高いことはわかっていた

こんな生活があと1年続くのかと思うと鬱になりそうだった

しかし私の親は金持ちだったので
こんな私にいい弁護士をたててくれた

普通の人は国選弁護人を無料でつけるのだが
私の親は高いお金で弁護士を雇った

そのおかげか私は審判で他県の祖母の家に行くという条件で試験観察という処分で出所することができた
試験観察とは半年くらい自宅で普通に過ごし
半年後に再審判をし、最終的な処分を決めるというものだ

私はラッキーだと思った

親のことは大嫌いだったが親の経済力には感謝した

鑑別所を出た私は真っ先にレディースの先輩に電話をかけた

するとキレられた

薬物禁止のルールを破ったためである

レディースの名を汚すな
といわれた
もうレディースにはいられなくなった

Kにも電話をかけた
するとKは被害妄想にとりつかれており
私が警察に全てチクったと勘違いしていた
シャブで完全に頭がイかれていて話にならなかった
最後に
『お前みたいな馬鹿女ぶっ殺す』
と言われた
こうして私は友達もレディースも全て失い
祖母の家へ向かった